昨日、「理想的な死に方」についてお話している方がいらっしゃり、私も理想の死に方について考えてみました。 

理想では、自宅で子供や孫にかこまれ、妻である浜辺美波に惜しまれつつ死にたいものです。
現実的なところだと、「立派な墓・良い戒名・素敵な霊柩車」などに拘らない死に方でしょうか。 

お墓って、立派にしても永久にあるわけではない。
先日のニュースでは、「江戸時代の墓が見つかり、遺骨は化学的に調査された。」という報道もあり、私も未来で掘り起されるリスクがあるようです。

また戒名は非常に複雑で、素人には分からない内容でも値段は高い。
信士とか居士など位がありますが、悪徳な政治家でも良い戒名だったりして、結局は買い物と言えますね。
「スティーブ・マックイーンにしてくれ。」とか、「常磐貴子でお願いします。」など、、、 
故人の意見を反映した戒名があれば、少しは興味が出るかも知れません。 

最後に霊柩車ですが、私は宮型センチュリーならば乗りたいと思っていました。
しかし、時代的に無理そうですから、だんだん何でもいいやと感じています。

そもそも、理想の死に方なんてかなり難しい。

ひいお婆ちゃん・お爺ちゃん・犬・猫・金魚、、、。
私の知る限り、誰でも亡くなる時はそれなりに苦しそうで周囲も辛い。
また、理想を作っても理想通りにならない事も多く、人生の最後で落胆するのは避けたいところです。

そうすると、死ぬときは流れに任せて死んで、生きている時は朗らかに機嫌良くしていたい。 
というのが私の考えです。

ただ、生きている時に機嫌を良くするにも、健康やお金が必要なのが難しいところですね。

「死に方」を考えるのも良いですが、代わりに私の生き方を振り返ってみたところ、
「わがままで文句が多く、ケチで逃げ足が速い。」という人生に思えます。

結局、「私は死に方なんて哲学するほどの者ではない。」 というのが結論でした。

最近、洋服の話題をすっかりサボっています。
宜しければインスタに洋服画像をのせていますので、暇なときにでも見て頂ければ幸いです。


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